2年前にある方が言っていたことが今更分かった。
他人の思考が流れてきて、あたかも自分の思考は「他人の思考」と同じであると勘違いすることだ。自分の言葉じゃないものに溺れ、自分の考えが保てなくなる。
そういった空間で、他人の思考は自分を形作るための装備品になりうる。自分を形作る「属性」を装備していくことによって自分が何者であるかを示す。
人の本棚を見て、「あぁ、この人はこういうの好きなんだ」って感じるのと近い感覚。
でもそれって、表面上の意味合いしか持ってない気がするけど。
2年前にある方が言っていたことが今更分かった。
他人の思考が流れてきて、あたかも自分の思考は「他人の思考」と同じであると勘違いすることだ。自分の言葉じゃないものに溺れ、自分の考えが保てなくなる。
そういった空間で、他人の思考は自分を形作るための装備品になりうる。自分を形作る「属性」を装備していくことによって自分が何者であるかを示す。
人の本棚を見て、「あぁ、この人はこういうの好きなんだ」って感じるのと近い感覚。
でもそれって、表面上の意味合いしか持ってない気がするけど。
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